水谷建設事件、小休止

一時は慌しかった水谷建設脱税事件ですが、元会長逮捕の後はネタ不足で困っています。
恐らく、元会長の取り調べが難航しているのでしょうが、穿った見方をすると、北朝鮮原発絡みで自民党の大物の名前でもちらつかされているのか、とも思ったり。それはあくまで邪推ですが、佐藤栄佐久福島県知事は9割方クロと言っても過言ではないこの事件、引き続き注意です。県内では石川町の職員採用を巡る不正、全国的には「天皇メモ」(欽ちゃん球団極楽山本の飲酒事件もあるか)に注目が移っていますけど、後者は日経がこのタイミングで出してきたことに政治的意図(水谷建設がどうこう、ではなく、対中国、特に経済的な要因という意味で)を感じますし。私は本来分祀派というか、靖国に批判的な立場ですが、様々な意味で今回の「天皇メモ」は手放しでは喜べないですね。まあ、参拝強硬派の議員がどういう言い訳を用意するかは見物ではあります。安倍晋三はさっそく詭弁を弄してくれて何より(笑)
話がだいぶ脱線しましたが、水谷建設関連は注目すべき動きがあれば適宜更新します。今のところ逮捕後の小ネタ関連で気になるのは、自民党参議院議員松山政司氏・福岡選挙区選出)の親族企業に1億5千万円の融資をしていたというのと、元会長がバカラ賭博(勿論違法)の常連であったということ。まあ、バカラ賭博と同じ記事(読売)にあったヤクザへの「地元対策費」名目の献上金はそんなに珍しいことでもないでしょうけど、彼専用の賭博場があったとも考えにくいわけで、他にどんな常連がいたのか、関連捜査で浮かび上がってくると意外な展開もありそうです。

水谷建設元会長、羽田空港で緊急逮捕

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060712k0000e040094000c.html
以前から念入りな下準備がされていたとは噂されていますが、ここに来て急展開。やはり検察としてはここからが本当の捜査開始ぐらいのつもりなのでしょう。
政治方面にどういった飛び火をするかは、昨日記したようにかなり注意して見守る必要があります。とりあえずうちの知事の首はかなり近いうちに飛ぶはず。後は、どこまで火が広がるか。
ちなみに今調べたら本社所在地の選出議員は岡田克也(元民主党代表)でしたが、土建屋をバックにしなくてもどうにかなる人だけに、関連は薄そうですね。三重県の「事情通」の方、いらっしゃれば是非情報を。

検察活動活発化と水谷建設

今年に入って検察がかなり恣意的な活動活発化を見せているのは既に皆様ご存知のところでしょうが、今一番の注目物件は水谷建設でしょう。
表向きは脱税容疑での捜査ですが、既に我らが福島県の知事の実弟(縫製会社経営)にも捜査の手が及んでいるように、単なる脱税での立件ではなく、その先に政治権力を見据えているのは明白。あと、個人的には脱税の舞台となった土地も気になるところ。もろ地元(自転車で行ける距離)ですが、ここは既に計画撤回されたとは言え、平競輪場の移設とともに計画されていた「サイクルパーク」建設予定地に近い土地で、そのあたりとの関連も非常に気になっています。これはあくまで地元住民(=私)の憶測ですが、土地取得時期がサイクルパーク構想がまだ完全凍結されていなかった時期(1998年)であることからも、建前は宅地造成目的だったとのことですが、何らかの関連はあると私は疑っています。
この会社、他にも木戸ダムという福島県内のダム工事で下請け(建前の施工者は「前田・日産・田中特定建設工事共同企業体」、水谷建設前田建設の下請けという構図)を行っており、受注が決まった時期に知事実弟(知事自身も役員であった、創業者は知事の父)の会社、「郡山三東スーツ」の所有する土地を買収していますが、それが相場より不当に高いため、知事への「謝礼」ではないか、と疑惑が向けられています。「郡山三東スーツ」とのやりとり自体は既に各メディアで既報ですね。このことから最初は佐藤栄佐久知事の首が狙いで、あわよくば更なる大物(水谷建設福島原発を通じ、亀井静香との関連もフリージャーナリスト・山岡俊介氏により指摘されている)を、という魂胆かと思っていたのですが、どうも国交正常化後を睨んで対北朝鮮人道支援で実績のあるNGOレインボーブリッヂ」に億単位の支援をしていたらしい(関連記事はこちら)というので、事態はかなり複雑化しそう。リンク先記事によれば木戸ダム元請けの前田建設や、原発絡み(行研・行政問題研究所の略)の捜査も動き始めたようですね。
下手すると一県の知事、一政党の顔(亀井静香)、さらには北朝鮮絡みで「反政府、反自民党(=反小泉)的」な人達が大量検挙につながりかねない、でついでにいわき市レベルでもいろいろ飛び火しそうな、落ちゲーの大連鎖なみの汚職事件への発展の可能性はありそうです。しかし、その面子はかなり恣意的なものになるとも予感しています。仮にサイクルパークの件で何か出てきても旗振り役だった元市長、岩城光英参院議員(市長在職〜1997)は森派所属(ついでにコスタリカ方式衆院福島5区選出の二人の自民党議員も共に森派)なので難を逃れるやも知れません。亀井静香小泉政権にとって目の敵なのは今更説明不要でしょうし。とにかく、今後に注視する必要があると共に、逮捕者の顔ぶれには細心の注意を払うべき「国策的」要素の強い事件であることも頭の片隅に入れなければならない一件であるでしょう。しかし、国策的と自分で言っておきながらも、血が騒ぐのは否めませんねえ(笑)

「神の馬」出戻り

http://www.nikkansports.com/race/f-rc-tp0-20060703-55119.html
中田関連記事を拾っている最中に発見。それにしても今更40億は無理でも2700万は安過ぎはしないか。サドラーズウェルズの種付け料の方が高いんじゃないか?(笑)
欧州圏への移籍はラムタラにとっては大きなプラスになると思いますし、日本で廃用にさせるぐらいなら戻すほうが遥かにいいでしょうけど、久しく聞かなかった「種牡馬の墓場」という言葉が思い出されますね。SS全盛期に重なったのが運の尽きだったか。一部ではキャリアの少なさと種牡馬実績から能力そのものへの疑問視もありましたが、リアルタイムで見ていた感想としては強かったけどねえ。ドバイミレニアムとはタイプが違うが、日本に輸出されずに夭逝していたらそれ以上に神格化されたでしょう。今でも『優駿』のラムタラテレカは使わずにしまってあります。

なぜ中田は引退したのか?

驚きましたね、中田の引退宣言。
たぶん同じネタは多数のブロガー(って言葉は英語として通用するのかいな?)が書くことでしょうが、たまにはベタなネタも。いろいろな問題点を含むネタですし、書きたいこともありますから。
驚くのはその引退年齢の若さ。一流選手としては異例でしょう。今回のW杯限りで引退を表明しているフランスのジダンは34歳。今シーズン限りで引退したロイ・キーンは35歳。確かに全盛期ほどの動きの切れはなくなっていたとは言え、今回のW杯を見てもまだ日本人ではトップクラスの力があるのは間違いなく、現に昨日までは形式上フィオレンティーナに復帰したものの、これからどこに移籍するのか注目されていただけに、本人と限られた関係者以外には青天の霹靂と言うべき今回の宣言。タイミングこそ最も自然な時期ですが、SHINJOの「ヒーローインタビューで引退宣言」(余談だが、この試合途中まで東京Dで観戦しており、当日中に東京から自宅に帰るため途中退席した。一緒に観戦した知人からのメールは最初理解出来なかった)に匹敵する、あるいはそれ以上のインパクトがあると言っても過言ではないでしょう。彼の公式ページnakata.netには本人からのメッセージが記されていますが、それも踏まえた上で判断すると、
どうも中田英寿の引退理由は日本のサッカーへの失望ではないか
と思えるのですよねえ。
勿論、あからさまにそうは書いていないし、直接の理由については口を閉ざすも、彼自身、今大会限りでの引退は半年前からの決断と言っています。でも、一見穏やかで希望的なメッセージには、見落とせない記述―チームに自分の思う「実力を100%出す術」を伝えられなかった、というのがあり、このことへの彼の落胆は表向きに書いた以上に大きいと思うのです。そして、このことだけでなく、日本サッカーを覆う状況の多くに彼は落胆していたのではないのかな、とも思ってしまいます。
草の根レベルでのサッカー熱はJリーグの誕生した13年前とは比較にならないほど高くなってきました。今や私の住む街にもフットサル場がありますし、新潟や中田の故郷である山梨など、それまで必ずしも「サッカー王国」ではなかった地方都市でも、地元チームが存在感を示すようになってきました。J2、JFLも含めると、プロ野球どころではない地域密着ぶりです。それでも、それは「フットボール中毒者」という限られた人種に留まっているのではないか、という疑念を捨てられないのです。全国メディアは日本代表と海外リーグ以外はなかなか取り上げませんし、それを追うことで満足する人達が大多数ではないか、というのが、今回のW杯報道と非サッカー中毒者を見ての率直な感想です。そういう状況を最前線で嫌というほど味わったであろう中田の失望というのは、容易に想像できます。
カズはその状況を変える意味でも、自身がJ2のチームに行くことでの反響を想定しているように見えますが、中田はそこまでするほどピークは過ぎていないし、代表を変えられなければ意味がないという思いもあるからこそ、今回の判断に踏み切ったのでしょう。
しかし、中田をして打ち破れなかった壁は何だったのか。ここからは全く個人的な見解ですが、今回のドイツ大会でアジア勢は全て一次リーグで敗退したこととも関係があるのではないか、と私は考えています。アジア的中庸思想、もっと言えば儒教思想とサッカーは、本質的に相容れないような気がするのです。儒教の影響が強い韓国がそれなりに強いのは、兵役免除のニンジンと彼らの闘争心がプラスに働いているためで、必ずしも儒教思想が好影響を与えているとは思いません。サッカーの代表チームというのは国民性が出る、とはよく言われますが、快楽主義的かつ攻撃的スポーツであるサッカーは、儒教的価値観の短所、即ち没個性、保守性、前例主義などと相性が悪く、それゆえ儒教的価値観を持つ多くの日本人は、本質的にこのスポーツを受け入れ難い体質を持っているのではないか・・・。これは極端な仮説ですし、精神論で片付けたくはないのですが、ジーコの個人技重視路線の失敗の原因も含めて、どうもこのファクターは無視できないのではないか、という気がします。中田は過去の言動などから見るに儒教型の人間ではなく、また、海外でのプレーも長いことから、これに近いことを考えていても不思議はない、と思うのです。
国民性など一朝一夕で変わるものではないですが、果たして数十年後、日本のサッカーはどう変化していますか。精神変革を問う前に、誰しもが認めるであろう基礎体力、技術的問題もあります。ただ、Jリーグがレベルアップして盛り上がるようであれば、案外国民性も変わってくるやも知れません。結局、我々の思考というのは習慣の蓄積の結果であり、面白いサッカーのある日常は、そうでない状態にあるのとは違う思考をもたらすでしょうから。
しかし中田にはまだまだ期待することがあったのですが。魅力的なセンスのある若手選手が代表に現れれば、中田の経験と戦術眼、そして彼の言うところの「実力を100%出す術」を注入することでの相乗効果があったと思われるだけに、その早過ぎる引退は残念です。せめて彼の意思、「伝えたかった」ものだけでもきちんと汲み取って生かさないと、私の極論が仮に正しくなくても、日本サッカーに未来はない、これだけは断言していいでしょう。

慰霊の日雑感

去る6月23日はサッカーW杯によって、沖縄以外の報道機関ではほとんどおざなりにされていたが、沖縄慰霊の日であった。
1945年6月23日というのは単に日本軍の司令官が自決しただけであり、実際にゲリラ戦は9月まで続いたことから、この日を「慰霊の日」とすることは沖縄内では一部異論もあり、私もその意見に同感ではあるが、一方でこの日に多くの沖縄の人々が改めてまだ来ぬ平和を渇望し、この日に向けて現地報道が沖縄戦について回顧するような企画を多々流すのも事実である。今年は機会があって21日から23日までを沖縄で過ごした(断っておくが、観光ではない)が、それは現地で非常に痛感した。ただ、今年は慰霊の日が金曜日であったことから、午前中の那覇空港には本島から出掛ける家族連れも少なからず見受けられた。また、本来沖縄県内では休日の扱いであるが、空港に向かうモノレールでは通勤客の姿もあり、オフィス街の久茂地がある県庁前駅ではかなり下車する人が目立った。最低でも沖縄県内においては、今の基地問題にも連なる沖縄戦の記憶は風化していないし、風化しようもないと思うが、こんな部分にも沖縄の「本土化」の進行を感じる。
私はスケジュールの都合から平和祈念公園での「追悼式」に出ることは断念し、昼過ぎの便で羽田に向かった。どうせなら多少無理してでも行っておくべきだったかもとは思うが、行かないが故に印象的な場面にも遭遇した。空港の出発ロビーで見た現地ニュース(OTVだったはずだ)、平和祈念公園からの中継で若い男性アナウンサーが発した「まだ戦争は終わっていない」という静かな言葉。その後の全国ネットの中継では口にしなかったが、かえってそれだけにその思いが強く伝わる。沖縄に生きていれば当然の実感だろう。でも私がそれを身を以て知ったのはたかが数年前だ。沖縄に訪れる観光客は年間約540万人(2004年)という。リピーターも含めてこの言葉の重さをどの程度の人達が痛感しているだろうか。せめてその3分の1、いや、5分の1の100万人のヤマトンチュがこの言葉を噛みしめ、何らかのアクションを起こすだけで、今よりは沖縄問題は進展すると思うのだが。
ニュースといえば、NHKでは朝の全国ニュースで老いた「おばぁ」が「にくい。戦争は二度としたらいかん」とインタビューに答えていた。NHKでは「(戦争が)にくい」、とご丁寧な字幕スーパーを用意していたが、彼女が「にくい」のは何だろうか。NHKのアナウンサーや、TVの向こうにいる視聴者、私も含めた「ヤマト」と、未だにヤマトのお墨付きの下、島に居座る「アメリカ」でないかというのは、邪推が過ぎるか。仮にそうだとしても、その怒りを満足に解くことは今の私には出来ない。いや、「一人の力では出来ない」と言うべきか。悔しい、もどかしい。
夜のNEWS23では、毎年恒例となった慰霊の日特集があった。よく調べているし、筑紫哲也の沖縄に対するスタンスは、ヤマトの報道人の中では最も積極的で理解があるとは今更ながら思う。でも、このジャーナリズムの先人も、結局は沖縄を愛しこそすれ、赦しを請うているかというと、疑問が残る。勿論、何の影響力もないところでぐだぐだとこんなことを語る私より、彼のほうが遥かに沖縄に貢献しているのは言うまでもないが、それでもこの部分は(私の思い上がりであろうと)指摘しておきたい。彼がそういう姿勢を明確に表明すれば、日本国内では今以上のバッシングを受けても、「沖縄ブーム」はもう少しましな形で到来したのではないか。沖縄報道の功労者であるからこそ、余計にそう思う。
番組の最後には沖縄出身で、地元に対する発言も多いCoccoが登場し、「陽の照りながら雨の降る」を歌い、筑紫、佐古両キャスターと対談した。歌詞の全引用は著作権上の問題もあるので行わないが、「陽の照りながら〜」は恐らく、Coccoなりに離れた故郷を想う歌だろう。しかし、むしろヤマトンチュこそ、この歌を沖縄に捧げるべきではないか。「許さないでわたしを 失くさないであなたを」。その問いすら傲慢であるかもしれないけど、無神経でいるよりは、沖縄とヤマトの関係を好転させると思うのだ。