構成は正統派、題材は異端―熊谷達也『邂逅の森』(文藝春秋)

ISBN:4163225706
先日、アルバイトの給与支払いと同時に数冊購入したうちの一冊。戦前の「マタギ」―東北地方に存在したプロの狩猟集団、が題材です。
この中にあるのは、基本的には少し昔に失われた東北であり、私にとってはいわば昔話、とは言っても、神話、古典といったおおげさなものではなく、あくまで実際に老人らから聞いた、比較的リアリティを伴った世界の話です。ただ、この小説はそういう、東北の背景を知らない人達にも対応出来るよう、歴史物に近い形態になっていて、それが結果として読者の間口を広げるのに成功しているように思えます。
構成は王道と言うべきもので、題材の特殊性がなければ少し出来のいい小説、で片付けられる危険もある作品ですが、この場合はむしろ、題材の難しさから来るとっつき難さをなくし、読みやすくも読みごたえはある作品にしているという意味で非凡とさえ言えるでしょう。歴史物にありがちな、偉人伝的な要素に終始するということもありませんし(むしろ、架空の人物と思しき主人公は、1世紀前の東北地方の平凡な次男坊です)、それでいて登場人物はリアリティを失わない範囲で個性的。東北弁に対しある程度理解のある人なら、口語、方言の妙味というのも堪能できるはずです。一見地味ですが、直木賞受賞に相応しい力作と言えるでしょう。不勉強で今までこの作者の他の著作は読んでいませんでしたが、今後注目してみたいと思います。
今は引越し準備をさぼって、『アフターダーク』に手をつけようとしているところ。書評は後日。